早稲田アカデミーは、『早慶附属高校の合格者数20年連続全国No.1』を前面に掲げています。中学受験・高校受験生が志望校という「目標」を持つのと同様、塾・すなわち企業の側も目標を掲げ、そこに資源を集中的に注いでいます。塾選びにあたっては、自分の目標と企業の目標のマッチングこそ、志望校への近道なのです。
入れ替わりの激しい中学受験業界
受験業界は、比較的入れ替わりの激しい業界です。
おそらくいま中学受験生を持つ親御さんが小学生だった頃と今とでは勢力図は全く異なります。
1990年代後半、サピックスは実績に注目が集まりだした新興の塾でした。
男子御三家、開成中学を目指すなら桐啓学園、武蔵中学を志望する子どもたちは学習指導会(のちのしどう会)に通うのが鉄板でした。
四谷大塚は日曜テストのための塾で、会員・準会員の区分があり、東京ではトップの生徒は中野・次が御茶ノ水と、学力別に会場が異なり、「中野」は小学生にとって、ステータスでもありました。
新興の塾は、他の塾にないニーズを見極め、勝負の場を見つけることで、合格実績をのばし生徒数を獲得を目指しています。
つまり、それぞれの塾には「マーケティング戦略」があり、力点の置きどころは異なります。
開成を目指す子供にとってベストな塾と、慶應を目指すためのベストな塾は必ずしも一致しないのです。
子供の性格によって塾の向き不向きもありますよね。
きょうは、「早稲田アカデミー」という塾を通じて、企業の立場からの「中学受験」「高校受験」を読み解きます。
「知覚の戦い」としての早稲アカの「夏合宿」
企業のマーケティングは、商品そのものの戦いというより、知覚の戦いです。
早稲田アカデミーの名物夏合宿。はちまきをして「絶対合格するぞ!」と絶叫します。
生徒数が少ない昔は、受験会場でも円陣を組んで「絶対合格するぞ」とやっていました。ちょっとませた(?)サピックス生は、あざ笑ってみていたものですが、マーケティング的には受験生や親の「知覚」を獲得する戦略で、知名度を上げていきました。
1985年 商号を「早稲田アカデミー」に変更
1997年 四谷大塚と提携塾契約を締結
1999年 日本証券業協会に株式を店頭登録
2001年 早慶附属高校合格者数全国No.1達成
2008年 開成高校合格者数全国No.1達成
2012年 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
創業自体は50年近く前なのですが、会社のウェブサイトに掲載されている沿革を見ると、2000年代に入って急速に成長した形です。
「No.2」を狙う
中学受験ではなく高校受験
マーケティング的には、その業界の「一番手」になるのがもっとも利益につながる選択です。
しかし、中学受験界では、すでに四谷大塚や日能研、サピックスなど群雄割拠で、すでに後発です。
そこで早稲アカが目を向けたのが高校受験界でした。
以下の記事でも述べていますが、市場規模は、中学受験より格段に小さいところをあえて狙っていったのです。
開成ではなく早慶
そして、高校受験のなかでも、まず目を向けたのは早慶でした。
当時は、サピックス中学部が合格実績No.1でしたが、その切り崩しを図ったのです。
早慶も、いわゆる「偏差値」では開成や国立大附属高校より低いとはいえ、十分なブランド力を持ちます。
さらに、定員が合計1500人超という、スケールのメリットもあり、宣伝に活用しやすいのです。
また、受験科目は3科目ですから、英語や国語という比較的指導が難しくない科目に加え、数学の指導力を備えさえすれば、子供の成績を上げることは難しいことではなく、
実際、はるか昔は、「山田義塾」という今はなき塾が高い合格実績を誇っていたこともあり、比較的市場の切り崩しが容易なところにターゲットを絞ったわけです。
「2位じゃダメなんですか?」
かつて、某政治家の「2位じゃダメなんですか?」という言葉が世間を賑わせたことがありました。
マーケットでは、決してすべての企業が1位を狙えるわけではありませんので、あえて2位を狙うことで市場での存在感を高めるケースもあります。
私の愛読書、「売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティング22の法則」でも、アメリカのレンタカー会社エイビスが「ナンバー2であることを自ら認めたとたんに黒字、それも大幅な黒字に転じた」事例が紹介されています。
企業にとって大切なのは、高校受験というカテゴリーのなかで、さらに私立受験、さらには早慶や開成といった細分化されたカテゴリーのどこか1つで、目に見える形で「独占」することなのです。「開成」を含めた高校受験の塾業界ではサピックスに後塵を拝しても、早慶という1つのカテゴリーを独占することで、着実に存在感を高めることに成功しました。
「No.2」から「No.1」へ
高校受験でNo.1
2001年に早慶附属高校合格者数全国No.1達成を達成した早稲アカは、その合格実績を武器に、東京のみならず、埼玉・神奈川・千葉においても急速に教室網を広げ、ぐんぐんと生徒数を増やしていきました。
さらに次の目標として「開成高校合格者数全国No.1」を掲げます。実際、「公約」の達成まで5年を要したわけで、「公約」不達成の期間が続きましたが、その「公約」を取り下げることなく掲げ続けたところはさすがです。
開成・早慶ともに全国No.1を達成したことで、高校受験界においてはサピックスを切り崩すことになりました。
中学受験でもNo.1
さらに、高校受験での目標達成により、企業的に中学受験という別のカテゴリーに注力する余力も生まれました。
早大学院中では合格者数全国No.1が開校以来11年間で10回などの実績を達成し、アピールしています。
https://www.waseda-ac.co.jp/special/exam_univ_info/
企業は、No.1を目指すカテゴリーに資源を投入する
早稲田アカデミーは東証一部の上場企業です。
投資家への説明責任をある立場ですので、対外的に掲げた目標の達成のために、資源を投入します。
つまり、「早慶」特に早稲田の合格実績、そして御三家の合格実績向上には、相当の力点を置いています。
塾の顧客、すなわち生徒や親は、企業から商品を買って消費したら終わりではありません。
塾のサービスを受けながら、志望校合格という目標を達成して初めてその企業の価値を利用したことになります。
数年間という長い期間、企業と顧客の関係を続ける上で、その塾がどこに資源を投入しているのかを見誤ると不幸な結果になりかねません。
塾は何かを「犠牲」にしています これは受験生にとっても重要です
最後に「犠牲の法則」についてもお話しておきます。
さきほど述べた、「No.1」のカテゴリーの対極で、企業は、何かのカテゴリーを「犠牲」すなわち、捨て去ることがあります。
サピックスは「難関校」の合格実績のためにリソースを注ぐかわり、中堅校の合格実績は「犠牲」にしています。
近年、サピックスでは「募集停止」が相次いでいます。早稲アカの対極で、生徒数を増やすという戦略はとらず、生徒数をしぼってブランド価値を保っているわけです。
よく成績下位の生徒への面倒見の悪さを指摘する声があがりますが、企業としてのマーケティング戦略の結果である以上、そこは顧客の側の「選ぶ眼」も大切になってくるわけです。
冒頭にも述べたように、「いい塾」は人それぞれです。
塾の選択にあたっては、その塾が、一企業として、どの「カテゴリー」に力を入れているのか。
ときに、経営者や株主になったつもりで、俯瞰的に考察することも大切です。
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