慶應義塾中等部の社会の入試問題の特徴は、慶應義塾の創立者「福沢諭吉」に関する問題が出題されるところ。ここ数年、お約束の出題ではありますが、単に福沢諭吉に関する知識を身につけるだけでなく、福沢諭吉が生きた幕末〜明治の歴史の学習が重要だというメッセージでもあり、実は開成などほかの学校でも創立者に関する問題は頻出です。
伝統校の歴史は、日本近代史の歴史
学校の創設者や歴史にまつわる問題は、慶應義塾中等部に限らず出題されています。
私立でなく、国立でも、ことしの筑波大学附属駒場中学では、資料問題の中で、
Q 何の跡地に筑駒はできたのか?
江戸時代、戦争がなくなり騎馬武者が衰える
西洋馬を導入した騎兵隊が日清戦争・日露戦争で活躍した
第一次世界大戦以降、騎兵は衰えていった
1947年、騎兵第一連隊駐屯地跡に東京農業教育専門学校附属中学校開校
といった筑駒の所在地の歴史に関する記述が出題され、筑駒の前身の学校の名前が登場しています。
(筑駒のことを知らなくても解ける問題ではありますが…)
ほかの学校でここ数年にさかのぼってみると、開成は、直接的に「開成」という名称を出さないまでも、自校の歴史にまつわる歴史用語が毎年のように出題されています。
たとえば、2020年には問題文に「正岡子規」と「高橋是清」の名前が登場しています。
「正岡子規」は、2019年に続き2年連続です。
「正岡子規」は、開成高校の前身、東京神田にあった共立学校の卒業生。
「高橋是清」は、開成の初代校長です。
司馬遼太郎『坂の上の雲』の登場人物たちは、開成の関係者なのです。
日本の近代史を築いた人物たちを輩出してきた歴史ある伝統校は、自校の歴史を見ることで、近代史を振り返ることができるのです。
特に伝統校の受験生は、学校への関心を深め、志望動機を高めるためにも、学校の歴史を日本近代史と絡めて学ぶことは非常に意味があります。
また、キリスト教系の学校の受験生も、日本とキリスト教の関係は、学校の歴史に関連して学びたいものです。
中等部おなじみの「福沢諭吉」ことしは大問まるまる1つ+α
2019年以降3年連続の出題で、ことしは「福沢諭吉」で大問まるまる1つ出題されるという、例年にもまして慶應カラーの強い年となりました。
過去問は、さまざまなサイトに掲載されていますが、四谷大塚の「過去問データベース」をおすすめしています。
それでは、2021年の慶應義塾中等部の社会の入試問題のうち、「福澤諭吉」関係を見ていきましょう。
【1】通貨の歴史
大問1は通貨の歴史に関する問題です。
日本最古の通貨、683年の富本銭を答えさせる問題に始まり、2024年に発行予定の新紙幣に関する知識を問う問題です。
このなかで、現紙幣のデザインを問う問題が出題されました。
(表面) (裏面) 一万円 A 鳳凰像 五千円 B 燕子花図 二千円 建物ア 源氏物語絵巻とD千円 C 富士山と桜 A〜Dに入る人物名の正しい組み合わせを選び、記号で答えなさい。
という問題です。
中学入試で紙幣に関する問題は頻出です。
特に2024年に新紙幣が発行されるのを前に、今後数年間はほかの学校でも出題される可能性があります。
こちらの記事でも時事問題については詳しく説明していますが、そもそも時事問題は、受験直前に参考書でまとめて学ぶものではありません。あくまで知識の整理のために使うものであって、ぜひ「食卓の会話」で常識を身に着けたいものです。
特に慶應は「福沢諭吉の実学の精神を受け継ぎ、実践する学塾」をうたっています。
常識というのは一朝一夕で身につくものではありません。特に受験勉強が本格化する前の5年生までに、親御様は、入試ではどのような知識が問われるのか、細かい知識はさておき入試問題の大きな傾向はつかんで、日常生活の中で必要な知識が身につくような準備を進めていくことが大切なのです。
新紙幣についても、すでに塾で学んでいる場合は、テキストを中心に学習するのでも構いませんが、以下のウェブサイトを印刷するなどして、ぜひお札について、楽しみながら学んでみてはいかがでしょうか。
新しい日本銀行券及び五百円貨幣を発行します(財務省のウェブサイト)
【2】福沢諭吉についての年表
2021年の慶應中等部は、福沢諭吉に関する問題が特に多い年でした。
【2】は「福沢諭吉についての年表を見て」問いに答える出題です。
1835年 ( ア )藩の下級武士の子として、( イ )で誕生
1854年 ( ウ )に出て( A )語の初歩を学習
1855年 ( イ )で適塾に入塾し、( A )語を本格的に学習
1858年 ( エ )の築地鉄砲洲で( A )語の学塾を開設
1859年 ( オ )に行くも( A )語が役に立たず、独学で英語の習得を開始
1860年 船でアメリカにわたり、サンフランシスコやハワイに滞在
1868年 鉄砲洲から芝新銭座に塾を移し、慶應義塾と命名
1872年 『学問のすゝめ』(初編)を出版
福沢諭吉がオランダ語の学塾を開設したあと、英語の必要性を感じたことは、比較的基礎的な知識ですが、(ア)や(イ)は、歴史の基礎知識というよりは慶應生ないしは慶應受験生の基礎知識と言えそうです。
慶應中等部の受験生は、学校案内をしっかり読み込むことが大切です。
学校や創立者の歴史を学ぶことが歴史の勉強につながります。
2021年用の慶應中等部の学校案内は30ページ
そのうちの10ページが、「福澤先生と慶應義塾」というコーナーです。
創立者福澤諭吉先生は、1835年1月10日、大阪堂島5丁目玉江橋北詰にあった、中津藩の蔵屋敷で生まれました。福澤家は代々中津藩に仕えていた下級武士であり、先生のお父さんの百介が廻米方という役目で大阪に在勤している時だったのです。
と始まり、緒方洪庵の適塾に入門したことや、「開港間もない横浜を見物に出かけ…自らのオランダ語の力を外国人相手に試そうとし…いざ行ってみると、全てが英語で、オランダ語は少しも通じないばかりか、店の看板も、商品のラベルも読めなかった」ことなどが記されています。
私立の学校に通うというのは、その学校の教育理念に共感してその一員になるということです。少なくとも学校側はそれを望んでいます。
2021年もコロナ禍が続き、文化祭や体育祭、学校説明会などに参加できる機会が限られる可能性がありますが、多くの学校では、学校案内はネット上で閲覧・ダウンロードすることが可能です。
慶應中等部の学校案内もPDFで印刷可能です。
志望者は、秋以降の受験勉強が佳境を迎える前の時期に、学校への興味を深める意味で「福沢諭吉」に関するコーナーを読み込むなど、今できる対策を進めていくのが大切です。
「学問のすゝめ」は慶應中等部と早稲田中学で 難しいのは早稲田
天は……
「天は○の上に○をつくらず○の下に○をつくらずといへ(え)り」
『学問のすゝめ』の冒頭の一文です。
2021年の慶應中等部では、先の年表に関連して、○に共通して入る語句を答えさせる問題が出題されました。
慶應の受験生なら、さすがに「人」であることはわかるでしょう。
サービス問題と言えそうですね。
早稲田でも出題、早稲田のほうが難しかった
天は人の上に人をつくだず人の下に人をつくらずと言う…(中略)…人には生まれながらに身分の上下や貧富の差はない。ただ【 X 】に努めて物事をよく知る人は身分が高く豊かな人となり…(後略)
一方、こちらは同じ2021年の早稲田中学の問題です。 慶應中等部の2日前の2月1日に出題されました。
多くの中学受験生は冒頭の1文しか知らないでしょうから、こちらの方が応用問題ですね。
この書のタイトルが『学問のすゝめ』であることがわかれば、答えが「学問」であることは導き出せますが、丸暗記に頼った学習をしていると難しい問題です。
なお、『学問のすゝめ』、原文はこのようになっています。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。
されども今廣く此人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、其有樣雲と坭との相違あるに似たるは何ぞや。
人は生まれながらにして貴賤貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり
慶應中等部や普通部・湘南藤沢の受験生は、このあたりまでは、一度読んだ記憶を残しておくとよいと思います。
「福沢諭吉」を軸に近代史の理解を深める
2019年以降、慶應中等部で3年連続で続いた「福澤諭吉」がらみの出題。
このトレンドは来年も続くかもしれませんし、ことしで終わるかもしれません。その答えはどんなベテラン塾講師もわかりません。
ただ言えるのは、1つは、来年の出題可能性も考慮して、福沢諭吉に関する知識は必ず身に着けなくてはいけないということ。
そしてそれよりも重要なのは、
ということです。
ことしの慶應中等部の問題も、単純に「福澤諭吉」について知識を問うだけでなく、関連する幕末から明治の近代日本史に関する基礎知識を問いています。これは、サピックスの『コアプラス』などの問題集にも掲載されている、基本的な知識です。
たとえばサピックスでは、5年生で、18回に分けて古代から戦後までの歴史を一通り学習しますが、そのうち幕末以降に7回を割いています。
わずか200年足らずの激動の期間は、現在の日本社会につながるほとんどの事象が起きた期間であり、入試でも頻繁に出題されます。
しかし、短期間に大きな出来事があり、学ぶことも政治や産業など多岐にわたるため、苦手とする受験生が多いのも現状です。
サピックスでもほかの塾でも、その後に「政治史」や「社会・産業史」などのテーマ別で学び直す機会があり、「らせん式」の学習を繰り返す中で体系的な理解ができるように工夫されています。。
そこに、「福澤諭吉」や開成の「高橋是清」のように、学校の関係者や学校そのものの歴史を軸とした視点を加えることによって、より歴史の理解は深まるはずです。
伝統校を目指すということは、その創設者や諸先輩のように、日本の中枢を形作ってきたような、これからの日本を築いていく中枢に立つ人間を目指すということですよね。
学校ごとの対策も必要ですが、あまり狭い視野に立たず、ほかの学校の受験でも役立つよう、広い視野を持って学習を進めることが大切です。
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