「新型コロナウイルス感染症が業績に与える影響は、概ね収束するとの見通し」
2021年2月に早稲田アカデミーが発表した投資家向け資料の1文です。
2020年2月27日、安倍総理大臣(当時)が全国の小中高校の休校要請を行ってから1年。中学受験でも塾の休講やオンライン化など、大きな影響が生じました。
今も経済への影響も続くなか、中学受験界の今後の動向はどうなるのか気になるところですが、大手進学塾の経営状況は好調です。
入試直後のこの時期、2022年の受験動向をめぐって、さまざまな分析が飛び交いますが、実態はどうなっているのでしょうか?
「生の数字」=塾の決算資料から読み解きます。
2021年、開成や灘では受験者数が減少!
2月の入試シーズンが終わると、塾では「入試報告会」が開かれるし、ネットでもいろんな情報が盛りだくさんですね。
ことしは特に新型コロナウイルスという、かつてないほどの大きな影響があったので、記事に味付けをしやすい年となりました。
ポイントは、コロナで中学受験に影響があるのか、ないのか?
受験者が減った学校も多いって聞くけど、コロナの影響はけっこうあったのかしら?
一例として、ことしの開成中学の入試結果を見てみましょう。
【開成中学の入試実施結果】(開成中学ウェブサイトより)
年度 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 |
---|---|---|---|---|---|
出願者 | 1195 | 1234 | 1231 | 1266 | 1243 |
受験者 | 1142 | 1171 | 1159 | 1188 | 1051 |
合格者 | 395 | 388 | 396 | 397 | 398 |
倍率 | 2.9 | 3.0 | 2.9 | 3.0 | 2.6 |
入学者 | 300 | 306 | 308 | 304 | |
合格者最低点 | 195 | 227 | 218 | 193 | 201 |
出願者数は去年とあまり変わらないけど、受験者数が大きく減ってるわね。
去年より100人以上も少ないわ。
ちょうどこの記事を執筆している今も、開成中の入試欠席者が増えた理由をSAPIX教育情報センターへのインタビューなどを通じて分析する記事がありましたが、簡潔に言うと「関西からの受験者数が減ったから、受験者数が減った」ってこと。入試の難易度は例年とほとんど変わっていませんよ。
本当にコロナの影響で入試の難易度が変わるなら、新年度、塾の模試の偏差値には変化が見られるはずだけど、多分そんなに変わりません。
難しい学校の偏差値は高いままのはずです。
関西でも、灘中学の受験者数が大きく減少したみたいだけど?
灘中学の入試が行われた2021年1月は2回目の緊急事態宣言の真っ最中。
首都圏からの受験者数が大きく減少したことが影響しています。
灘中学が公表している都道府県別の受験者数・合格者数の資料からも明らかですよ。大阪や兵庫の受験者数は変わらないけど、首都圏の受験者が減っているだけなんです。
私も、1月には灘中の入試結果を分析する記事を書きましたが、そのときから「ことしの入試にコロナの影響はあまりない」と言ってきましたよ!
ポイントとしては、出願者数に大きな変化が見られないということは、中学受験の市場そのものに大きな変化は見られないということです。
コロナ禍の発生後初めての中学入試においては、経済的影響などによる中学受験生の減少など、少なくとも最難関の受験層においては、大きな変化は見られていないということです。
学校説明会や文化祭・体育祭などが開かれなたかった学校が多く、受験生に学校の魅力をアピールする機会が減って、思うように受験生を集められなかった学校もあります。
学校ごとに見れば、受験者数の増減は、コロナ禍でなくてもよくあることです。
この記事では、「中学受験市場」そのものの変化を見たいと思います。
2022年受験に向けて…塾の生徒数は減少しているのか?
でも、2022年の中学受験、受験者数は減少するのかしら?
コロナ禍の発生から1年がたち、飲食や旅行など、一部業界を中心に経済への影響が継続する中、2021年では生じなかった影響が2022年には見られる可能性もありますよね。
でも、結局出願状況がわかるのは、入試直前の2022年だから、それまでは状況はわからないわね。
大手進学塾のうち、上場企業は「IR(投資家情報)」を公表しています。
業界第1位のSAPIXは非上場だけど、業界第2位の早稲アカは上場企業なので、生徒数や利益について、生徒や親には説明していなくても、投資家にはちゃんと説明してるんです。
塾の「入試報告会」や説明会だけじゃないのね
「入試報告会」は、受験のプロが、入試問題や出願状況を分析しますが、コロナで経済の先行きがどうなるかといった分析は、受験専門家はあまり得意じゃないですよね。あまり当てにしないほうがいいんです。それより「生の数字」です!
では、大手中学受験塾のうち、以下の上場企業2社のIR資料を読んでいきましょう。
早稲田アカデミー(4718 : 東証一部)
社名のとおり、早稲田アカデミーを経営しています。中学受験のほか高校受験でも開成・早慶合格者数No.1などの実績を挙げています。
ナガセ(9733 : JASDAQスタンダード)
中学受験の「四谷大塚」は言わずと知れた老舗。また大学受験の「東進ハイスクール」「東進衛星予備校」「早稲田塾」なども経営しています。
業績上方修正の早稲田アカデミー
2021年合格実績は好調
早稲田アカデミーは、2021年男女御三家中学に448名合格。
2020年の412名から大きく伸ばしてますね。
御三家の合格者数は、サピックスの877名には遠く及びませんが、第3位の日能研の176名とは大きく差をつけ、単純に合格者の実数で見た場合、SAPIXに次ぐ2番手の地位を固めています。
小学6年生の在籍者数は約5,900名で、最大手のSAPIXの6179名と互角の規模となっています。
「1月以降、入塾手続きの勢い加速」
その早稲アカが2021年2月に公表したIR資料を見ていきます。
2021 年3月期通期連結業績予想数値の修正(2020 年4月1日~2021 年3月 31 日)
売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 親会社株主に 帰属する 当期純利益 | |
前回発表予想(A) | 百万円 25,186 | 百万円 581 | 百万円 582 | 百万円 238 |
今回発表予想(B) | 25,324 | 754 | 762 | 374 |
増 減 額(B-A) | 138 | 172 | 180 | 136 |
増 減 率(%) | 0.5 | 29.6 | 30.9 | 57 |
(ご参考)前期実績 (2020 年3月期) | 24,611 | 1,169 | 1,162 | 722 |
ことし2月、2021年3月期通期連結の業績予想を上方修正しています。
売上も利益も、前の予想を上回るってことね。
1年前と比べても増収増益の予想となっています。
その理由については、次のように書かれています。
コロナ禍においても途切れることのない“学び”をご提供したいとの強い思いで、…「対面授業」と「双方向 Web 授業」と を選択受講できるデュアル形式の授業サービスを継続し、……売上高の基礎となる塾生数が当初予想を上回るペースで回復を続けてきたことから、12 月以降の塾生数予測を踏まえて業績動向を検証し、2020 年 12 月 10 日付で通期業績予想の修正を公表いたしました。その後 1 月に入り、当社が校舎展開する 首都圏において、再度の緊急事態宣言が発出された後も、新規問合せや入塾手続き数増加の好調な流れは途切れることなく、特に、1月下旬以降は更にその勢いが加速しているところです。
つまり、コロナ禍が続いている最近も、来年以降の受験に向けて新たに入塾する生徒が増えているということです。
ことしだけでなく、2022年以降の入試に向けても、会社の予想を上回るペースで生徒が集まっているってことです。
2022年の受験も厳しい競争になりそうね
コロナ禍でも生徒数は増えている!
この上方修正の直前の2020年2月に公表された「四半期報告書」を見ても、生徒数が増加傾向にあることが記されています。
早稲アカに限らず、オンライン中心の授業となり、新規の生徒が集まらず、「4月には全学部(中学受験以外の部門を含む)の塾生数が前年同期比7.6%減という厳しい状況でのスタートとなりました」としています。
しかし、その後、塾生数は「小学部は、(2020年)12月単月で前年同期比5.2%増」と大きく伸長」しているのです。
早稲アカは、緊急事態宣言の当時、オンライン対応にいち早く着手しましたね。
オンライン対応が遅れたSAPIX生からは不満の声もあがりました。
Zoom授業の対応は早かったとはいえ、早稲アカも、新規の塾生の獲得には難航していたんです。
しかし、中学受験熱自体が冷めたわけではなく、状況が落ち着くにつれ、夏期講習以降、一気に回復してきたんです。
これは、早稲アカという1つの塾の事情ではあるけどね。
そのとおりですが、コロナの影響が大きくなれば、必然的に大手塾には影響は出てくるはずですよね。特に早稲アカが力を入れている「難関中学」を目指す受験者層は、依然増加傾向にあることはうかがえますね。
ちなみに、早稲アカのIR資料を見ると、こんな記述も…。
費用面では、集客と合格実績両面で業績が大きく伸長したことにより、従業員対象のインセ ンティブ増加に伴う賞与引当金の積み増しが見込まれるものの、労務費全体としては概ね前回予想の水準に落ち着くものと見込んでおります。
生徒数、合格実績でボーナスも変わるってことね
どこの塾も合格実績はボーナスの査定対象です。
会社なので、生徒をどれだけ集めて退塾者を出さないかも重要です。
塾の先生が、数字ばかり見ているのは嫌だけど
現実的には、塾の先生は「合格実績」の数字はとても意識しています。
特に重視されている、御三家や早慶など、ほかの会社と同じように「目標」があるので、受験をすすめてきます。
もちろん、生徒のことをしっかり考えてくれますけど、あくまで塾の先生も「会社員」なので、生徒の側も塾の言うことをそのまま聞くのではなく、自発的に考える姿勢は大切です。
「小中学生部門が増収」のナガセ
次に、四谷大塚のナガセを見ていきましょう。
2021年3月期 第3四半期決算短信〔日本基準〕(連結)
2021年3月期第3四半期の連結業績(2020年4月1日~2020年12月31日) 連結経営成績(累計)
売上高(百万円) | 営業利益(百万円) | 経常利益(百万円) | |
2021年3月期第3四半期 | 32001(△3.1%) | 2988(△11.8%) | 2729(△14.2%) |
2020年3月期第3四半期 | 33017(0.9%) | 3389(146.0%) | 3182(146.6%) |
売上も営業利益も経常利益も前年比でマイナス、調子は悪そうね
会社全体の業績としてはあまりよくなさそうです。
ただ、IR資料には、このように書かれています。
営業収益は対前年同期1,015百万円の減少となる32,001百万円(前 年同期比3.1%減)となりました。イトマンスイミングスクールで2020年4月、5月の休校と入学者数減少を主因 として1,657百万円の減収があったものの、高校生部門が652百万円、小・中学生部門が316百万円の増収となり、 第2四半期累計期間の対前年同期比1,633百万円の減収に対して大きく改善することができました。これは、映像 コンテンツを自宅でも受講できる当社学習システムの強みを活かした東進在宅受講部や四谷大塚通信事業部が引き続き好調に推移したことに加え、夏期・冬期の生徒募集において高校生部門を中心に入学者数が伸長したことが寄与したものであります
ナガセは、東進や四谷大塚のほか、イトマンスイミングスクールもあるのね
そして、四谷大塚は、直営の校舎の収入もありますが、提携塾の生徒が受験する週テストからの収入もあり、その提携塾の早稲アカやサピックスとは、ちょっと構造が違います。
四谷大塚も、東進の系列とあって、オンラインに力を入れていて、全国に受講生がいるので、コロナ禍でも増収になっているようです。
コロナ禍でも「日吉校舎」開設
一方、四谷大塚は2020円11月には、慶應義塾大学のある横浜市の日吉に新たな校舎を開設するなど、通学の生徒数の増加の強化も続けています。
日吉は、最近大規模マンションも建設されて新しい住民が増えて教育熱心な地域よ。日吉には早稲田アカデミーの新教室もできたし、日能研・サピックスと合わせて、大手塾がすべてが集まったわ。
四谷大塚も毎年のように直営校舎を増やして、かなり早稲アカやサピックスに近づいてきていますね。直営校重視の姿勢は、今後も続きそうです。
とはいえ、教育業界厳しい経営環境
一方で、ナガセも、将来予測については、次のように記しています。
新型コロナウイルス感染拡大は、国内外を問わず、社会生活、経済活動に大きな影響を及ぼしており、教育業界は引き続き厳しい経営環境に置かれています。
新型コロナの経済への影響が今後も長続きするとなれば、リーマンショック後に見られたような、受験業界への影響も避けられないわね。
投資家向けには、今後はどうなるかわからないですよと念押ししているわけですね。
ただ、現時点で言えることは、コロナ禍にあっても、中学受験の厳しい競争が緩まる気配は現れていないということです。
受験勉強を続けていると、「来年は簡単になるかも」という期待や「いや、今年より難しくなるかも」という不安など、あらゆる不安がよぎりますね。
そして、受験業界では、毎年「来年はこう変わる」と、キャッチーな説明がされますが、基本的に1年、2年で、志望する学校の難易度が大きく変動することはありません。
2月、3月は、「入試報告会」が目白押しだけど
入試報告会は、塾の方針や、知らない学校の情報が入ってきたり、お得な面もありますよ。
だけど、少なくとも子どもがやるべきことは、今週の塾の課題、そして、マンスリーテスト・月例テストなどに向けた中期的な学習など、日々の学習を着実に実行することです。
「雑音」に振り回されてはだめね
そう、どんな状況でもやることは変わりません。
特に今の時期は、まだ学校を絞り込む必要もないですよね。
来年、難易度が下がればそれはラッキーだけど、変な期待はしないほうがいいです。
志望校に向けて、一歩一歩前進することが大切です。
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